ファインダーは追憶の小窓

写真が好き。だれでも気になる小さなことや奥深いこと。そんなことを皆さんと一緒に考えて写真について深めてみたいと思います。

スナップショットは写真の極意だ。

「私の作品を見た人がさまざまな印象を受けるということに魅了される。私は前もって熟慮するタイプの写真家ではない。撮りたい光景に出会ったら、さっとものにする。機会があれば、私はいつだって外に出て写真を撮りたいと思う。撮るものを探しに行く必要はない。材料はそこらじゅうに転がっている。外に出れば、撮ってくれとばかりに向こうが君を見つめている。」

 

これは、僕の好きな写真家の一人であるリー・フリードランダーの言葉です。

彼は素敵なスナップをたくさん残していますが、中でも自分の前を歩く女性の後ろ頭に映った自分の影を撮った一枚は僕の中では傑作の一つです。

これは、彼が数多く撮ったセルフポートレートの一つでもありますが、この一枚に現されたセンスは流石だと思います。 

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リー・フリードランダーの傑作の一つ

 

                

 

冒頭引用したように、外に出れば被写体は無限にあります。

以前、僕の写真は散歩写真だと書きましたが、散歩していると撮りたくなるモチーフが必ず目の前に現れます。(稀に写欲をまったくそそられない時もありますが…)

そんな時に、持っているカメラでパシャリ。

これで世界で一枚だけの自分の作品が残るのです。

前回も書きましたが、風景写真はだれかと同じような写真を真似して撮ることはできます。(もちろん相当の苦労を要することはあります)

しかし、スナップショットは刹那で撮る写真ですし、タイミングや撮影者のセンスによって生み出されるものですから、二度と同じ写真を撮ることはできません。
 偶然性の中にメッセージやウィットやユーモアが混ざり合う作品が生まれるということにスナップショットの素晴らしさがあると思っています。

 

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at station(拙作です)

刹那のタイミングでそのように写真を撮ることから、ある意味ではストリートスナップは写真の極意なんじゃないかなとも思います。

フリードランダーもそうですが、アンリ・カルティエ=ブレッソンエリオット・アーウィットもウイリアム・クラインも木村伊兵衛も、偉大な写真家の多くはスナップの名手です。

木村伊兵衛なんかは「居合撮りの名手」とも呼ばれるほど、一瞬を素晴らしく素敵に切り取っています。

でも実は、そのような彼らの作品と比類するような一枚は、実は僕らのようなアマチュアでも十分撮ることはできるじゃないかと思っています。

なぜかというと、感性は人それぞれであり、その個性をベースに撮る一枚は他のフォトグラファーでは決して真似のできないものだと思うからなんです。

だから、散歩しながらどんどん撮ること。

これがとても楽しい。

僕は最近、またカバンにGR DIGITALを入れて歩くようになりました。

GRだとサッと撮ることができる最強のスナップシューターだからです。

ノーファインダーだって手ブレしたって構わない。

あっと思ったらサッと撮る。

この刹那の感性にこそ写真の極意が詰まっている、そんな気が改めてしています。