ファインダーは追憶の小窓

写真が好き。だれでも気になる小さなことや奥深いこと。そんなことを皆さんと一緒に考えて写真について深めてみたいと思います。

写真はお好きですか?

皆さん、こんにちは。

写真が好きなひろさんです。

以前は随分とカメラやレンズを持っていました。

もちろん、デジタルカメラフィルムカメラ、一眼レフとか二眼レフとかレンジファインダー、35mmから中判も、いろんなカメラを使ってきました。

でも、いまはそれらを整理して、本当に自分が使いやすいカメラだけにしつつあるところです。

それから、自分で写真撮影するのも好きだけど、写真集や展覧会で写真を観るのも大好きです。 

そんなアマチュアカメラマンです。

どうぞよろしくお願いします。

 

 

ところで、皆さんは「写真」がお好きですか?

それとも「カメラ」がお好きですか?

私の主観ですが、男性はどちらかというと「カメラ」を主とした機材に主な興味があり、女性は「写真」そのものを撮ることに興味があるような気がしています。

もちろん、どちらも趣味としていいことだと思いますし、機材も写真もどちらにも興味があることは撮影技術自体が上手くなりますし、それはそのまま写真が上手になることにつながると思います。

 

でも、はじめて写真にハマりだした方々によくあるのが、

「カメラやレンズが良くなればもっといい写真が撮れるはず」

という錯覚です。

確かに、一眼レフとかミラーレスのような本格的なカメラとレンズで撮影すれば、撮影の幅は広がります。

で、そういうカメラの作例なんかを見ると「自分もこんな写真が撮れるんだ」と思って、実際に高いお金を出してそういうカメラを買って撮ってみると「?」とあまり納得のいかない写真になってしまうことがよくあります…

 

 機材で写真は決まらない?

 

結論から言えば、その通りだと思います。

「えー。この前せっかくいいカメラ買ったのに!」

という方もおられるかもしれませんが、写真を撮るのは撮影者です。決してカメラが撮ってくれるわけではありません。

現代のカメラは露出やピント合わせなど、初心者ではむずかしい操作をほぼフルオートで設定してくれはしますが、写真を撮るときの撮影者の「意図」までは汲むことができません。

上手な写真を撮るためには、まず、撮影者の意図があって、それを反映させるテクニックが必要です。

そのテクニックや表現の幅を拡げてくれるのが機材だと思うのです。

 

かく言う僕も、以前は「いい写真を撮るためにいいカメラやいいレンズが欲しい!!」と強く思っていました。

なので、今まで所有してきたカメラの一部ですが、

Canon 5D MarkⅡ・MarkⅢ、EOS Kiss N・X7

FUJIFILM X-E1

RICOH GR digitalGR digital

ハッセルブラッド

ローライフレックス

・ライカⅢD、M3

などなど、防湿庫にレンズ群とともにいっぱい入っていました。

納得がいかないと買い換えていきましたので、使ってきたカメラはこれの数倍になります。

でも、いまは写真を撮るときのメインカメラはiPhone Xです(笑)

もう重い一眼レフを持ち歩くのが苦痛になってきたことが最大の原因ですし、今のスマートフォンのカメラは相当優秀になったことも大きな原因です。

 

ここで、2枚の拙作を紹介します。

どちらかがフルサイズ一眼レフで撮ったもの、どちらかがiPhone Xで撮ったものです。

どちらも多少Photoshop等で仕上げ作業を行なっていますが、さて、どちらがどちらか分かりますか?

 

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分かった人は相当な機材オタクかもしれません(笑)

正解は上がフルサイズ一眼レフ、下がiPhone Xです。

下の写真は下のほうにフレアが発生しています。さすがにiPhoneのレンズでもろの逆光は厳しかったのでしょうね。

でも、僕としては下の写真の方が好きです。

鎌倉に行った時にサッと撮ったものなんですが、砂浜の情景が眼に残る一枚じゃないかなと思います。

そういえばiPhone Xが新発売されたとき、屋外広告でiPhone Xで撮った写真の大きなポスターが何種類もありましたが、あの作品たちは一見ではiPhoneで撮ったとは思えないほどクオリティが高かった記憶があります。

 

 要は自分がどんな写真を撮りたいか

 

これが重要です。

まずはスマートフォンでぜんぜん構いませんからどんどん写真を撮っていきましょう。

森山大道という著名な写真家も、「写真が上手くなるにはどんどん写真を撮ることが大切だ」というようなことを言っています。

それから、いろんな人の写真を見ることも大切です。

 写真集や写真展で観るのもいいし、今でネットでいろんな写真がすぐに閲覧できます。

そういう中から「自分もこんな写真が撮りたいなぁ」というのがあれば、そのマネをしていくといいと思います。

そうすると「あの写真はどういう風に撮ったんだろう」といろいろと工夫すると思いますし、そうすることで自然とスキルが上がってくるんじゃないかと思います。

写真を撮るのに機材は二の次、基本は撮影者の意図とスキルが大切だということです。

 

ちょっと堅い話になりましたが、写真が上手くなりたいなぁとかもっと綺麗な写真を撮りたい、という方々に少しでも役に立つコラムを書いていきます。

これからもどうぞよろしくお願いします。

 

↓拙作の一つです。

 Amazon電子書籍として販売していますので、もしご興味があればのぞいてみてください。

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素晴らしいモノクロ写真の世界

誰だったか忘れましたが、有名な日本のフォトグラファーが「モノクロームは無限の色彩を感じさせる」というようなことを言っていました。

 

僕はそこそこのいい歳なので、自分の幼い頃の写真はモノクロでした。

でも、フジカラーやサクラカラーなどのカラーネガが発売されて、モノクロで写真を撮ることは世間的にもとても少なくなりました。

ついこの前、富士フィルムが販売を終了したモノクロフィルムを販売再開するとのニュースがありましたが、モノクロフィルムは風前の灯と言われつつ10数年経ちました。

でも、デジタルでも銀塩でも、いまだにモノクロ写真を撮ったり鑑賞したりして楽しむ向きは一定数おられますね。

 

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 技術の進歩でカラー写真、しかもデジタルでより精緻な写真が撮れるようになった現代でも、なぜモノクロ写真が残っているのでしょう?

モノクロ写真を嗜む理由は人それぞれでしょうから、ここでは僕個人の感想を書いてみたいと思います。

 

まず、冒頭にも書きましたが、モノクロ写真はカラー写真よりも観る側に多くのイマジネーションを与えます。

色彩が無いぶん、観る側は色彩を脳内で補完しようとしますが、そのときに色付けされるイメージは観る人の数だけ無限に広がります。

それはモノクロ写真を観るときもさることながら、撮って現像し、疑念の場合はプリントするときに、作者の意図を最大限に活かしていく楽しみでもあると思います。

 もうひとつ、モノクロ写真の大きな魅力は、主題をよりはっきりと打ち出せることです。

もちろん、モチーフや構図によって、撮影者と鑑賞者の主題の受け止め方は違ってくると思いますが、モノクロ写真には色彩という情報が無いことから、その画がダイレクトにイメージとして入ってきます。

なので、撮影する側でも観る側でも、その画にハマったときのインパクトはカラー写真よりもインパクトが大きくなります。

 

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銀座にて

 

ここでは拙作をアップしていますが、例えば、アンリ・カルティエ=ブレッソンの数々の作品や、森山大道の力強い作品などは、観る者のイメージを豊かに広げていきます。

(まだこの二人の作品を観たことのない方は、ぜひ一度ご鑑賞頂きたいと思います)

 

                              

 

 この二人以外にも、素晴らしい作品を数多く残しているフォトグラファーはたくさんいますが、多くの作品を観てインスパイアを受けることは写真を撮る上でも素晴らしいことだと思います。

 

さて、モノクロ写真をデジタルカメラで撮る場合はいまでもなんら問題なく楽しめますが、フィルムで撮影するときはどうでしょう?

もちろん、まずは銀塩カメラが無いとダメですが、モノクロフィルムは現在ではブランドがかなり少なくなっています。

 メジャーなところでは、先に書いた富士フィルム、それからKodak、ILFORD、AGFA、LOMOGRAPHYなどでモノクロフィルムを発売しています。 

それぞれ、トーンや粒子感が少しずつ変わってきますので、使っているうちに好みのモノクロフィルムがわかってくると思いますが、僕はKodakのTRI-Xが主で、ILFORDのHP5をその次によく使います。

ただし、モノクロは写真屋さんに現像に出すととても時間がかかりますので、その点は理解してうえで現像が上がってくるまでじっと我慢しなければなりません(笑)

(モノクロ写真をフィルムで撮る人の需要は相当少ないので、もはや個別の写真屋で現像してもコストが合わないため、それぞれの店がモノクロ現像を行なっている店に委託するから時間がかかるんですね…)

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まだまだモノクロ写真については書ききれませんし、むしろたくさん撮ったり観たりして、みなさんがそれぞれ自由にその魅力を感じていただければいいと思いますが、もしもまだモノクロ写真にあまり触れていない方がおられれば、ぜひその世界に少しでも入っていただければと思います。

楽しいですよ!

 

思い出

今でもたまに思い出す。
父がどこからか一眼レフを持ち出してきた時のことだ。

あれは小学生の低学年の頃だったと思う。
記憶は定かではないが、オリンパスペンタックスだったはずだ。
すごいものを見せてもらった高揚感で自分にも撮らせてほしいとせがみ、父に何枚か撮らせてもらった。
もちろん今とは違ってMFだったからファインダーを覗きながら迷っていると、

「真ん中のギザギザが無くなったらピントが合うてるんやで」

と父が教えてくれた一言は鮮明に記憶に残っている。

 

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あれから数十年。
知らず知らずのうちに写真が好きになり、手もとにはたくさんのカメラやレンズが。
写真集も本棚に入りきれなくなってきた。
思い起こせば、あの時のあの経験が原点になっているような気がする。

 

 

フィルムカメラのススメ

僕は、以前から結構いろんな方に「フィルム写真おもしろいし、露出計も無い古いマニュアルカメラだと撮影技術の勉強にもなるからやってみたら?」とお勧めしています。
完全にデジタルが主流な今、フィルム写真などという不便なものを嗜むなんて時代錯誤的感覚すらあるんですが、なんというかデジタルには無い奥深さが楽しいわけなんです。


僕が思うデジタルの大きな利点は「撮った画像がその場で見られる」「RAW現像だとかなり幅広く修正・加工ができる」「その時々でISO感度が変更できる」という点だと思いますが、フィルムではそれらができません。
撮った画像を現像するまで見られないワクワク感とか「ちゃんと撮れてるかな?」というドキドキ感…

現場できちんと露出を決めなければならないストイックさ(ネガだとある程度許容範囲がありますが)…

一度フィルム室にセットしたフィルムは撮り切るまでISO感度を変更できないという潔さ…


少し前までは当たり前だったこういう不便さを乗り越えることさえフィルム写真の奥深さおもしろさだと思うのです。
むしろ、そう思える方でないと、今どきフィルム写真を嗜むことなんてできないかもしれません(笑)

それと、撮った結果が双方ではかなり違う。
以前にもコラムで書きましたが、僕がフィルム写真を好む最大の理由は、その風合いです。
デジタルは便利なアイテムですからそれはそれで重宝するのですが、どうしても“写りすぎ”てしまう。
あのシャープネスがキンキンに効いた写真ばかり撮っていると食傷気味になってしまうんですよ。
(なので、デジタル臭くないデジタル写真を観るとととてもうれしく思うのです)
フィルムでもネガとポジではかなり違いますけれど、デジタルとは違う柔らかい画質の方が自分としては落ち着く気がしています。

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公園にて(HASSELBLAD+ネガフィルムで撮影)


あと、自分的にフィルム写真というかフィルムカメラを扱う楽しさがもう一点あるんです。
それは「フィルムの巻上げとシャッターチャージ」です。
例えば、ライカM3や古い一眼レフなどでは巻き上げレバーを「シャッ」と親指で回転させる、セルフコッキングではないCONTESSA35やSignet35なら巻き上げダイアルを廻してからシャッターをチャージする、Rolleiflexならあのクランクをグリグリ廻すことで、「さぁ、次!かかってこい!」と戦闘意欲のような感覚を掻きたてられるわけです。
自動巻きの現代的なフィルムカメラだって、1枚撮るたびに「ギュイン」というフィルムを巻上げる音がするとやはりこちらの気分もチャージされます。

要するに、次のコマを供給してシャッターチャージするという動作自体で、撮影のリズム感をつかむんですね。

 

            

          OLYMPUS OM-1は初心者の方にオススメ。露出計は壊れているものが

          多いので自分で露出を決めなければいけないけれど、小型コンパクトで

          撮っていて楽しいカメラのひとつです。


まぁ、デジタルがいいかフィルムがいいかという議論は、例えれば「一軒家がいいか、マンションがいいか」というのと同じで、お互いにメリットとデメリットが交錯するため、最終的には使う側の嗜好で結論付ける以外ありません。
ただ、マンションと一軒家の両方所有することはできませんが、カメラだとどちらも所有することができますよね。
デジタルカメラから写真を始めたという方も多くなっている今こそ、まだフィルムカメラをお持ちで無い方は、お安い中古でも全然構わないのでぜひフィルム写真を楽しまれてはいかがかと思うのです。

ご興味のある方はいかがですか?おひとつ…(笑)

 

 

デジタルかフィルムか。

今回はデジタルとフィルムについて僕なりの考えをつらつらとお話ししたいと思います。

 

皆さんご存知の通り、写真はもともとフィルムで撮られていました。

撮ったフィルムを現像し、それをプリントして写真にするという時代が長く続きましたが、この20年くらいでデジタルカメラが徐々に増え始め、いまではデジタルカメラで撮ってパソコンで現像し、家庭や個人においてはそれをパソコンで観るというのが主流になっています。

 

フィルムはいわゆるアナログなので、ネガに焼き付けた画像を薬品で現像していきます。

一方、デジタルカメラはセンサーに画像を記録し、それをパソコンで仕上げていきます。

なので、その過程の違いは画像そのものにも決定的に出てきます。

フィルムで撮った写真とデジタルで撮った写真は一目で違いがわかりますが、フィルムの場合はマイルドな描写になりますし、デジタルだとシャープな画になります。

もちろん、これは一般的な話で、フィルムでもネガよりリバーサルの方がデジタルに近いくらいのシャープさで写りますし、デジタルでも現像の際にシャープネスを落としたりすることで柔らかい画にすることはできます。

 

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新宿にて(デジタル撮影)

 

          

 

ただ、デジタルカメラは黎明期から基本的にメーカー同士の画素数競争が続いていて(最近はもう限界にきているようですが…)、画素数が上がるほど精緻な写真を撮れるようになってきています。

そのため、ただでさえシャープなデジタル写真がさらにシャープになったような印象があります。

また、このようなデジタルカメラの進歩に合わせてレンズの方もシャープな描写を求めるようになり、さらにさらに精緻すぎるほどの写真が主流になってきたと思います。

その結果、日本のユーザーのようにデジタルカメラと新型レンズのスペックに執着することが多くなったり、写真を“等倍鑑賞”して画質やレンズ性能を愛でるような方々が増えてきました。

このような写真鑑賞の方法そのものを否定はしませんが、本来の写真そのものが持つメッセージや撮影者の表現を汲み取ることをしないような鑑賞方法を僕はしようと思いませんし、ある意味では邪道だと思っています。

 

少し話が逸れましたが、要はデジタルカメラで撮った写真は、僕は「写りすぎる」と思うのです。

むしろフィルム、それもネガフィルムで撮った写真は輪郭の甘さの中に余韻を感じられて、その余韻の中に観る者の想像の余地がある。

それが写真を鑑賞する楽しみの大きな要因の一つだと思うんですね。

なので、 デジタルカメラはレンズとセットになって「よく写る」ことを追求するがあまり、写真の持つ本質的なメッセージ性を削いでしまったように感じることがあります。

 

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銀座にて(フィルム撮影)

 もちろん、よく写ることは悪いことではありませんし、デジタルカメラの利便性はフィルムカメラとは比べ物にならない点が多々あります。

僕も今ではフィルムカメラは防湿庫の肥やしになっていますし、デジタルカメラでばかり写真を撮っています。(特にiPhone。笑)

でも、やっぱりフィルム写真の持つ温かみはデジタルでは得がたいと今でも思っています。

 

もしもこのコラムを読んで、フィルムカメラを撮ってみたいなぁと思われた方は、写ルンですのようなカメラで試してみるのはいかがでしょうか?

そして、それを現像してプリントした時にはデジタルに見慣れた方は新しい感覚で写真を鑑賞できると思います。

ご年配の方で昔フィルムカメラを使っておられた方はなおさら郷愁をそそられるかもしれませんよ。

 

 

 

フィルムとプリント

昨日、ある本を読んでいて眼に留まった一節。

「ネガは楽譜であり、プリントは演奏である」

これはアンセル・アダムスの言葉。
けだし名言だ。

 

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春(Rolleiflex2.8E)


 

 
 

簡単に上手に見える構図の取り方。


前回、カメラはフルオートになって露出の失敗がほとんど無くなったうえ、手ぶれ補正まで強力になってきたので、撮影者が腕を振るえるのは構図だけとなったかもしれないということを書きました。

まぁ、これは極端な話であって、一眼レフやミラーレスの本格的なカメラでは、露出やシャッター速度を意図的に調整することでいろんな表現で撮影することはできますので、なにも構図だけが撮影者に残された領域というわけではありません。

ただ、構図というのは“絵づくり”の中では一番大切な要素であることは変わりなく、逆にいうと構図がしっかりしていれば観る者に伝える力がより強くなる写真が撮れるということだと思っています。 

            

ということで、実際の例で簡単にうまく見える構図を説明してみます。

使っているカメラはiPhone Xです(笑)

 

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↑この作例はいわゆる「日の丸構図」で撮ったものです。

モチーフ(被写体)をフレームの真ん中に収めるもので、特に写真イロハをご存じない一般的な方々が記念写真を撮るときにこういう構図で写真を撮られますね。 

 

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↑一方、これはモチーフをやや右に寄せて撮っています。

その分、左に余白ができていて、それが余韻になって雰囲気を出していませんか?

おそらく、10人中8〜9人の人は下の写真の方がいいと思うでしょう。

これが構図の基本です。

もう少し具体的に説明してみますね。

 

今度はiPhoneのカメラにグリッドを表示してみます。

iPhoneの「設定」から「カメラ」に入ってグリッド表示をONにします)

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↑これは「日の丸構図」。

 

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 ↑これはグリッドの左線にモチーフの花を置いたものです。

 

 要は、画面(ファインダー)を9分割し、そのライン上にモチーフを置くだけで日の丸構図とはまた違った味のある写真になるんです。

また、ラインのクロスした4点の上にモチーフを配置してもいい感じになります。

もちろん、日の丸構図が悪いわけではありません。

場合によっては、また、意図的にモチーフをセンターに配置することはまったくありです。

ただ、このような構図の基本を知ったうえでモチーフをどう配置するかということを意図することが撮影するうえで大切なことだと思っています。

 

どうでしょう?

この手法は今までいろんな人に話してきましたが、案外知らない人が多くて、中には目からウロコの人もおられた手法です。

ぜひ実際に活用してみてください。 

あとはシャッターチャンスを逃さないセンスを身につければ鬼に金棒ですよ!

 

 

 

独り言(その3:フルオートカメラ)

ある友人との会話。

「今のカメラはフルオートでだれでもそれなりの写真が撮れるよねぇ」
「そうそう、露出なんて知らなくても全然関係ないもんねー」
コンデジなんかじゃ、ニッコリ笑ったタイミングで自動的にシャッター切れたりするもん。もう撮影者なんていらないかもね」
「そうかぁ…。 最後に残る撮影者の領域とは『構図』かも・・・」



というわけで、またもや独言。


フィルムカメラの時代ですが、1985年のMINOLTA α-7000の登場はショッキングでした。
それまでも一眼レフカメラでAFシステムはあったんですが、AFが使えるのはごく一部の専用レンズに限られていたり大きくて重いものであって、試作的意味合いが強かったんです。
そんな中、MINOLTAはレンズシステム自体を一新し、フルオートフォーカスとしての一眼レフシステムを構築したのがα-7000だったのです。
まだ写真に今ほどこだわらず普通に撮っていた僕ですら、その後継機であるα-7700iを買ったんですから、αのインパクトと反響は凄かった記憶があります。
今思えば、α-7000以降、一眼レフカメラも一気にフルオートの時代に突入していったと思います。
 

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で、現在。

単なるAF・AEだった時代からフルオートも内容がさらに進歩し、例えばキヤノンコンデジでは22シーンを自動識別してカメラが最も適切と判断する露出・色合い・ピントを制御するプログラムまで組み込まれています。
こういう機能は今ではほとんどのコンデジにも搭載されていますが、そのおかげで、カメラの知識なんか知らない方でもまず失敗無く写真が撮れる。
しかも手振れ補正まで付いているから手ブレもほとんどない。。。
で、家内からは、フルマニュアルのフィルムカメラで僕が露出を失敗したコマなんかと比較されて、
「ほらー、あんたの写真よりも私の方が上手いんじゃない!?」
なんてニヤリとされたりするんです…
ただ、このようにフルオートの技術が進むということは、先の友人曰くの「ユーザビリティの低いカメラという道具」の敷居がほぼ無くなり、誰でも気軽に失敗無く写真が撮れるということですから、これはこれで素晴らしいことだと思います。

そうは言っても、「絞りはこうだ!」「シャッタースピードはこれ!」「ピント位置はここ!」「手振れしないように脇を締めて!!」「三脚はここに立てるんだ!」なんてカメラと格闘しながら撮った中から「これだ!」と思う数コマを選んでほくそ笑んでいるようなハイアマからすれば、単にシャッター押すだけでいい写真が撮れてしまうなんて冒涜行為にさえ思えたりするのかもしれませんが…(笑)


ということで、冒頭の自虐的会話なわけです。。。


もちろん、写真の基本を理解している方々は、絞り優先モードやシャッター速度優先モード、プログラムモードでもプログラムシフトや露出補正などを駆使して撮っておられる方が大半だと思います。
その反面、この前デジタル一眼レフを家内にちょっと貸して数コマ撮らせてみたら、露出的にはまったく問題ない写真を撮ってみせるんです …カメラが演算してるんですが…
もう、単に普通に撮る分には、露出のイロハを知ってようがいまいが、スキルの差は無くなっちゃってきてるんですよね。
しかも今ではスマホでの撮影が主流になって、「ちゃんと撮れる」という意味では誰でも失敗の無い写真が撮れるようになっていますからね。

やはり、撮影者の意図として最後に残っているのは構図かもしれません。
あ、そういうと、色をどう扱うかという要素も撮影者の最後の領域として残っているのかもしれませんね。
(広義の意味での構図かもしれませんが…)
その意味では、写真の上手下手を決める最大の要素はやっぱり構図なんだろうと思います。

ま、今回は“笑い話”ということで・・・w

 

     富士フィルムデジタルカメラは色合いが好きなので個人的にオススメ。